望月城跡の標柱建立事業

前提条件

 城跡などの文化財一般に言えることですが、当時になかった素材で何かを作ってはいけないのです。
 戦国時代に鉄筋コンクリートの物見などあるわけないのです。

 よくしようと言う意思は伝わるのですが、100年も経てばだれがいつ作ったかなんて忘れ去られてしまいます。

 100年後の人はそれを見て、そうか、戦国時代にも鉄筋コンクリートがあったんだ!って誤解のもとを作ってはいけないのです。

 ということで、今回の標柱建立事業では基礎を埋め込んだり、擬木を使ったりしないで、作ることにしました。
 ただ、標柱の文字については、石飛博光先生の揮毫がすぐに色あせないように、木目加工のプラスチック板を使用しました。ちょっと筋は通らなかったでしょうか?
  

揮毫 石飛博光 先生

 望月の生んだ天才書家「比田井天来」の流れをくむ石飛博光先生に今回も揮毫をお願いしたところ、気持ちよくお引き受けいただけました。

文字は、わかりやすく「望月城跡」です。

      

建立工事

 基礎がないので、望月特産の鉄平石をもらってきました。石切り場から気前よくわけて頂きました。
 まずは、土台となる木材の広さに敷き詰めます。
 建立のために足場を組んでいます。




途中までは軽トラで運べましたが、その後は人海戦術で城跡の最上段主郭部分まで引き上げた標柱です。




土台を組んで、標柱を建立したところ



上の7つの丸は、七曜の紋です。
望月氏の家紋となります。

完成イベント(除幕式) 2012/10/21


10年来草刈りをしてきた望月城跡主格部に書家、石飛博光氏揮毫による「望月城址」の標柱が建ち、案内板と併せ、完成イベントの除幕式が来賓を含め60名で祈願祭が執り行われました。
ほおづきが、実るころには町の景色も色づき始めます。
山の紅葉も美しいです。


大伴神社の金井神主による神事



記念写真




望月太鼓による太鼓演奏




想定図の看板も完成披露




和歌の看板もできました




標柱建立完成



謝辞


 大変大勢のメンバー、ボランティアの方のご苦労により、立派な標柱および看板が完成しました。ありがとうございます。

また、本事業は長野県の元気づくり支援金事業による補助を頂いて実行することができました。