中山道 

中仙道とも表記 江戸時代五街道の一つ

 徳川家康の命により、五街道が整備されました。
そのうち、江戸から北上、群馬から碓氷峠を通って北国街道と別れて、諏訪木曽、を経由して京都に通じているのが中仙道六十九次。

その中山道の江戸から数えて25番目の宿場町が望月です。



wikipediaより

概要

江戸
日本橋から草津宿まで。 草津宿で東海道に合流する。江戸から草津までは129里あり、67箇所の宿場が置かれた。現在の都府県では、東京都埼玉県群馬県長野県岐阜県滋賀県にあたる。


江戸時代

江戸時代に入り、江戸幕府は、1601年(慶長6年)から7年間で他の五街道とともに中山道を整備した。それまでの街道を改良したものが多かったが、新しく作られた街道筋もあった(大井宿(岐阜県恵那市) - 御嶽宿(岐阜県可児郡御嵩町)間など)。

古くは山道東山道とも称され、江戸時代には中山道中仙道とも表記されたが、1716年(正徳6年)に、江戸幕府の通達により中山道に統一された。一方で庶民には木曽街道木曽路といった古くからの呼称、俗称も用いられた。

は、上野国碓氷群馬県安中市)、信濃国福島長野県木曽郡木曽町)、信濃国贄川(長野県塩尻市)の三箇所に設置された。